【リスタート】響「リスタート」
春香はいつか、自分にこう言ったよね。 孤高が強いんじゃない、って。 その意味は全然分かっていなかった。しかも、何言ってるんだコイツ、って聞こうともしなかった。 でも――いま分かったよ。 「プロデューサーさん! 私達、勝ったんですよ!」 「落ち着け春香! まだ舞台の上なんだから!」 結束が人を強くする。人はひとりじゃ、いられない。
なんとなく電車に乗って、適当な場所で降りる。 電車に乗るだけで良かったのに、地下鉄では景色が見えなかった。 「なんか食べながら歩こうかな」 駅から少し離れたところにあるコンビニに入った。 『自由な色で……描いてみよう……』
コンビニを出て、マスクを外す。 自分はもうアイドルじゃないんだから、変装なんて必要ないんだ、とゴミ箱に捨てた。 「風が強いな」 これからどうしようかな。トップアイドルになると言って飛び出した手前、すぐに戻るわけにもいかないぞ。 いろいろと考えながら肉まんの包み紙を剥がして、思いっきりかぶりつく。 つもりだった。 「……響ちゃん!」
肉まんから顔を上げた時、丁度反対方向から歩いてきたのは、昨日自分たちに勝った相手。 センターの天海春香その人だったからだ。 「響ちゃん、どうしてここに居るの?」 「は、春香こそどうして」 「えっ? だってここは、ほらっ」 春香に手をひかれる。 「ちょっ、ちょっと」
自分の弱みなんかを話したら、つけこまれて――。 「……響ちゃん、無理してたんだね」 あいていた右手を、握られる。 ……強がっていた、春香の気持ちを無碍にしかけた自分の心が、ずきんと痛んだ。 「私、全然気づかなくて……ごめん、ごめん響ちゃん」 ……ライバルだった、だけだ。自分はアイドルじゃなくなった。 無理に虚勢を張る必要はないんだ。
「……春香」 春香の横に進んでいく。肉まんをまた包みなおして、鞄にしまった。 「自分、春香と友達になりたい」 そんなことを言って、ちょっと笑ってみる。 この娘は、たぶん。 「――――私なんかで、響ちゃんの友達がつとまるかな……?」 アイドルである前に、ひとりの女の子だ。
「あらためて、よろしくね。響ちゃん!」 春香はそう言って笑顔で自分のことを抱きしめてくれた。 沖縄から東京に出てくるときに母親にもらった以来のぬくもり。 ユニットのメンバーと仕事はしても、気持ちはひとりのままだった自分には、あまりにも、温かくて。 「響ちゃん……どうして泣いてるの?」 「……え」
「ご、ごめんっ、私響ちゃんになにかしちゃったかな……」 春香の優しさで、視界が揺れる。 喋ろうとしても、うまく言葉が出てこなかった。 でも、一言だけちゃんと伝えることが出来た。 「ありがとう」、って。
美希と貴音が頷いた。 フェアリーがこうしてユニットとしてやっていけてるのは、みんなのおかげだ。 「本当に、本当に……みんなには感謝してる」 してもしきれない。 千早の、雪歩の、律子の、ぴよ子の瞳が、自分の背中を後押ししてくれる。
「だから……自分、センターとして本気で、みんなに恩返しするつもりで演りたいんだ!」 言えた。 恩返しは、最高のステージで魅せたい。 円陣を組んだ時も、一言頼むとプロデューサーに託された。
「みんな、ありがとう! 全力でやろう、輝きの向こう側へ!」 さあ、リスタートだ!